May 01, 2009
海外旅行保険のかけ忘れ
海外旅行保険は、インターネットを通って行けば安価であることの旅行ガイドブックを見て分かった。友人にその話をすると見てみると言っていたので、てっきり利用していると思いますが、旅の最終日に登録を忘れないことに注意した。運悪く、友人はデジタルカメラの状態が悪くなり、最終日にはいよいよ損傷のために海外旅行保険に加入しておけば、保証があったのにもったいないと嘆いた。会員制リゾートには、少なくとも2つの利用パターンがあります。一つは、年間会員制リゾートの利用回数が決められたチケット。もう一つは、一泊ごとまたは週ごとのような言葉を使用することができる共有製です。航空券または共有製のどちらか一方の制度を扱っている場合は、両方の制度を扱っている場合と、会員制リゾートクラブによって特徴が異なります。
全国的に節電意識が高まるなか、神戸市立須磨海浜水族園(同市須磨区)は12日、節電を逆手に取ったイベント「ブラックナイトアクアリウム−灯(あか)りのない水族園」を始めた。午後5〜8時の間、水槽や通路の照明を全面的に消すことで、昼間は見られない魚たちの生態を観察できる。
イベントでは来場者に懐中電灯を一本ずつ手渡し、消灯された水槽約50個をそれぞれが照らして観察する。消灯によって夜行性のアナゴが活発に動き出したり、ナンヨウハギが眠りに入るなど、普段と違う様子が見られるという。
プレイベントとなった11日も、訪れた親子連れなどが「魚がこんなに動いているのは初めて」などと、歓声を上げながら水槽を見て回っていた。
同園経営企画室の小林弘嗣さんは「水温設定の見直しなど節電対策はいろいろやってきたが、節電そのものを面白がってもらえれば何より」と話した。31日まで。【渡辺暢】
〔神戸版〕
8月13日朝刊
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◇世代越え「伝える」
第二次大戦後、旧ソ連により抑留された青島元次(もとじ)さん(87)=神戸市東灘区=が今月9日、脳梗塞(こうそく)で倒れた。症状は軽く大事には至らなかったが、最近、知人が相次いで亡くなっていることに弱気になったのか、「僕もいつあの世に行ってもおかしくないな」とつぶやいた。県立神戸鈴蘭台高校社会科教諭の長男成夫(しげお)さん(58)=同市北区=は「そんな余計なこといわんでええ」と苦笑しながら父をいたわった。
成夫さんは前任校の神戸甲北高校で、元シベリア抑留者に体験を語ってもらう授業を約10年間続けていた。シベリア抑留は60万人が長い間帰国できず6万人もの犠牲者が出ているのに、「沖縄」や「原爆」に比べて教科書の扱いはあまりに小さい。「闇に埋もれさせてはいけない」と始めた。
十数年前に顧問を務める新聞部の研修会で、元抑留者に話をしてもらったのがきっかけだった。元抑留者の過酷な体験談に耳を傾けた生徒たちは、こう感想を述べている。「私にできることを考えていきたい」「体験していない私たちこそ知る必要がある」……。伝えれば若い感性は敏感に反応すると確信した。成夫さんも、父元次さんの抑留体験を聞いて育った。
元次さんは、バイカル湖西のタイシェット地区にある強制収容所に抑留されていた。零下40度の極寒の地で、鉄道敷設の重労働を強いられた。乏しい食料で毎日飢え、道に落ちているものすべてが食べ物に見えた。凍ったマツボックリを食べようと溶かしたら、馬糞(ばふん)だったということもあった。
3年間抑留され1948年6月に帰国、旧国鉄で機関士として働いた。4年後に成夫さんが生まれた。元次さんはシベリアの体験を幼い成夫さんによく聞かせた。
成夫さんが「寒い」と訴えると「シベリアはもっと寒いぞ」。食べ物の好き嫌いを口にすると「そんなことではシベリアでは生きていけない」としかった。
口うるさく言う父に、成夫さんは疎ましさを感じた時代もあった。ただ、それは子が成長する段階で誰もが通る「親離れ」の自然な姿で、「おやじは大変な体験をしたんだな」という思いは胸に刻んでいた。
成夫さんが発案した授業を、元次さんも時々見に行った。元次さんは「実際に体験した人に話してもらうことは戦争を知らない若い人に歴史を伝える良い機会になった。我々が戦争後も苦労したということを知ってもらえた」と目を細める。元抑留者延べ20人が講師役を務めた授業は、生徒たちの貴重な平和学習の機会となった。
成夫さんが一昨年に転勤した神戸鈴蘭台高校では、体験者による授業は行われていない。元抑留者の高齢化が進み、講師のなり手が見つからないという事情もある。生存する元抑留者約7万人の平均年齢が88歳とされる今、体験の継承が難しくなっていることを物語っている。
一方、昨年6月、元抑留者に政府が事実上の補償を行った「シベリア特措法」が成立、戦後史に新たな一ページを加えた。国は強制抑留の実態調査も進めていく。成夫さんは「シベリア抑留が歴史の表側に出てくる可能性が出てきた」と期待しながら、「体験者の生の声を聞かせられなくても、授業でしっかり生徒たちに伝えたい。それが歴史教師で、体験者の子どもである私の使命」と言い切る。親から子へ、そして次世代の若者へ。教科書だけでは伝えられない歴史と向き合い、「平和のバトン」が世代を越えて引き継がれていく。【米山淳】=つづく
*次回は16日に掲載予定です。
〔神戸版〕
8月13日朝刊
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